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新義州会(新緑会)

平成22年5月10日(本日)東京九段会館で題2回新緑会が開かれた。
新義州に関する同窓会は
「新緑会」新義州に居住していた日本人会
「義中会」新義数公立中学校同窓会
がまだ現存している。
戦後65年が過ぎたこの時期、朝鮮から引き揚げてきた日本人居留民は家や財産を失いほうほうの態で故郷日本の故郷に引き揚げて来た、戦後幾らか落着いた昭和27,8年頃、生活の落ち着きとお供に、勝手朝鮮の同じ町に住んでいた
同級生、友達、職場仲間起ちが日本の全国に散らばったまま消息が知れない者も多数いた。

新義州の場合は平安北道の道庁があった関係で地方の都市の者達も集ってきた。確か新義州の場合は石炭の問屋であった「太田庫次郎」さんが中心となって「新義州会」を開かれ「新緑会」と言う賢人会みたいなものを作られたと思う。
戦後は名かなか消息が分からなかったが年を追って会員が増えたものであった。
やがて所謂一世の方々が高齢となり、亡くなられていくに連れて、二世の時代となった。初めの内は10人を越える程
絵画盛大になて毎年一度の総会も散りあい、友達が集ることもあったようだ。

態州会も逢った。中学校、女学校、商業学校、工業学校、師範学校なども歴史は新しかったが、それとなく同窓会が
作られて行った。警察の会、鉄道員の会、郵便局の会など夫々職場の或いは学校の同窓会も段々と古年長者から高齢に
よる身体のやわって行く人も増えてきた。30年、40年と経ち、平成の世の中になった頃には徐々に会員が減って行くのは仕方ないとして、新義州の学校関係でも中学校同窓会のみが現在はまだ残っている、しかしこれも平成23年に
高齢の為閉じることになった。新緑会は当時小学生だった若い人たちが後を引継ぐ形で会を存続してくれる。

その新緑会が今日九段会館で開催された。今までの顔ぶれとは違った新しい役員が集って会を運営してくれるそうだ。
今日集った顔ぶれを見ると男の会員では望月君と小生が一番年長者の用であった。
女性会員では87歳の方がお二人参会されてお元気な様子であった。
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