スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三年忌法要

亡妻(路江)の三年忌を3月28日に路江の三人の
娘とその家族に兄弟姉妹が集って、「真龍寺」で、
お経を上げて貰い、近くのホテル「カデンツァ内の
むさし野で食事を取った。

出席者は路江の姉、兄、兄の姪っ子、妹に弟の嫁さん
の5人に加え、三人の娘とその家族計16人が集った

平成20年の4月21日が命日だが、孫達の春休みを
気温も良かろうと思い決めたのだが、今年は寒い一日
であった。しかし、あとの一人はピースボートの途中
タヒチから残りの航海を打ち切り出席してくれた。

今年は特に寒かったが、皆元気な顔を出してくれたの
が路江にとって一番の供養になったと思う。

体調も前々からコントロールしながら、その日は足腰の
痛みも無くゆっくりと路江を偲ぶことが最高の供養にな
った事は嬉しい行事になったであろう。

路江の姉も84歳、兄も81歳、妹は74歳と弟の嫁は
61歳である。みんな元気で亡き路江の偲ぶ会となった

これから私も82歳から何時まで生きていけるやらと、
思うが七年忌まで生きておられるだろうか疑問である。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)
私がまだ幼い頃、まち婆さん(祖父の妹)に連れられて
良く本願寺に行ったものだが、子供の目的はお寺の餓鬼
供養が目的であった。見知らぬ爺婆が大勢集まりお経を
唱え一生懸命にお念仏を合掌することによって、極楽に
行きたいとの信心であるが子供はそんなことは関係ない

三つ子の魂百までもと言う格言があるが、この事ばかり
は何時までも記憶に残っているのが不思議なくらいだ。

幼い頃の記憶と言うのはもう殆ど忘れてしまったことだ
が幾つかは思い出す子たがある。例えばスケートの事だ
小学校4,5年生の頃学校のスケート大会が郊外の川の
リンクであった。スピードではクラスの中でも自信があ
るので、婆さんに一番になるから見に来てくれと前々に
言っておいた。当日足の悪い婆さんも態々スケート大会
にあの寒い寒風の吹き荒ぶ中見に来てくれた。
さてよーいドンのピストルの号砲でスタートしたが、何
ということだろうか!スタートした時に両足が左右に開
き滑り出しが出来なかったのだ、嗚呼なんと言う不運!
前の日にスケートの刃を研がなかったのだ。朝鮮の冬は
零下20℃は当たり前、かんかんに凍りつく氷は遊園地
の氷とは違って、刃が丸いと氷に刃が起たないのだ。
自信が浄が招いた失敗である。それ以来凍りに対するス
ケートのあり方を深く見直したものである。

東京でのスケート場では転ぶと氷が軟らかく水が多くて
びっしょりと濡れて下着まで濡れて往生する。
その点、朝鮮の氷は氷の質が硬くて濡れはしない。

後楽園のスケート場に銀座で餃子を食べてから良く彼女を
誘ったものである。(彼女とは亡妻である)


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。