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セブ島旅行

セブ島旅行
1月30日~2月2日までの「セブ島ツアー」が格安で取れたと長女から言って来た。
早速サンシャインにある「パスポートセンター」へ交付の手続きをしに行く。

長女にパスポートの交付が12日にあると電話すると、早速旅行会社に申し込むと言って来た。

1月30日午後2時25分成田初のセブ島「マクターン空港」までの直行便で6時20分に着くそうである「。
当日は三女に車で長女の家に行き長女を乗せて目白駅でJRに乗り、西日暮里駅で「スカイライナー」に乗り換え
成田空港駅第二空港ビルでフイリッピン航空機に搭乗、セブ島に向かう。

機内ではアメリカ映画を二本上映していたが、一つは韓国語のナレーションであった。韓国人も多くの人がセブ島
に行くらしい。聞けば仁川空港から直行便があると言う。
マクターン空港に着いたのは午後6時半頃であったが、なぜかホテル行きのバスが遅くなって、ホテルに着いたのは
10時頃であった。部屋に行くと何かにおいが臭いので。ホロンとに言って1ランク上の部屋に変えて貰う。
ホテルの食堂で襲い夕食を済ませ、就寝。テレビはNHK放送も見られる。74局の放送が見られるようだ。

朝はカーテンを開けると、目の前が海岸で引き潮の時間であった。朝食を済ませ、門脇さんの家に泊まる用意をして
フロントに出ると既に門脇さんがフロントの応接椅子に座って待っていた。

門脇さんは小型のバンをチャーターしてガイドを付け、セブ市市内を第度してくれると言う。門脇さんと娘さん、私と
長女にガイド(母親が日本人)セレサさんと言うガイドさんがガイドしてくれると言う。
先ずサンペドロ要塞から歴史の説明を受けながら観光を始める。
市役所のそばの「サント二ーニョ教会では日曜日の所為か教会の中には入れなかった。下町の市場通りには「ハングル
の看板が多く見られる。スペイン人の最初にセブ島に木あt人物「カサゴロド」と言う人物の屋敷(博物館)を見学、
中国人の道教寺院を見て、マルコポーロホテルに中にある、「日本兵士戦没慰霊塔」を参拝、フィリッピン料理の専門店「リガートハンス」レストランで昼食(盲目の二人の男性のギターとマンドリンの生演奏)ガイドさんはここで終り

門脇さんの借りている家に向かう、家はセブ市の北部にあり廻りは、3,40軒ほどあるアメリカ風の貸家があり、敷地にはガードが門に構えていた。敷地はざっと300坪位で、そう二階の家には、下の階には応接間、リビングルーム
ケッチン、ダイニングルーム、メイドルームなど、二階にはトイレ/バス付きの部屋が4部屋があって、正に米国式の
ハウスであった。しかも玄関の前には自動車も置ける余裕がある広さで、大kな門構えであった。
聞くところによると、家賃は日本円で役十万円、運転手とメイドを雇うと二日恩では考えられない相場だそうだ。
尤も門脇さんの場合は娘夫婦のセブ島の南端でのスキューバーダイビング教室、ホテル経営があるので、運転手メイドは会社持ちと聞く。フイリッピンの物価は安く、門脇さんの話によれば。月の生活費は年金で充分賄えるそうだ。

老後の生活を年金でフイリッピンとか東南アジアの国々で楽しむ人々pが大井世の中である。
気候が何時も良く、身体のためには、病知らずと言うことである。

私自身も出来ればこのような生活をしたいと考えて居るけれども、個人差による。門脇さんも90歳を超えて健康を
維持しているので医者知らずなのかも知れない。羨ましい話である。



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