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流行歌

最近「殿様キングス」のメンバーだった、多田そうべいさんに
本願寺の信徒との縁でお会いすることがあった。
なかなかユーモアのある人柄の良さそうな紳士である。

私自身は「殿様キングスのことはあまち知らなかったが、「
涙の操」と言う歌は聞き覚えのある歌であった。

多田そうべーさんの人柄から見て、「殿様キングス」のことを
知って歌そのものに、子供の頃からの流行歌を思い出した。

戦前朝鮮の西北部の片田舎に生まれ育った者としては、
日本内地の「東京」が憧れであった。特に兄が東京の大学
に進学して、東京土産を持って帰省してくることが楽しみで
まちこがれたものだ。

人口一万人余の中で日本人人口は1200人そこそこの町は
神社のお祭りには「東京音頭」が町中鳴り響き踊りの行列も
あって子供ながら踊りの行列に加わったことを70年経った今
も記憶している。
私が小学校に入学する前後であるから昭和10年頃であった
と思う。
「東京音頭」「国境の町」「赤木の子守唄」「銀座の柳」などは
忘れ得ない。他にはやっていたものは「銀座の柳」「涙の渡り
鳥」「幌馬車の唄」「二人は若い」「旅傘道中」「小さな喫茶店」
などが思い出の唄である。

「君恋し」「道頓堀行進曲」「私の青空」「東京行進曲」「洒落男」

「酋長の娘」「丘を越えて」「僕は軍人大好きよ」「東京ラブソディ
などは帳場の「王さん」が何時も私を大きなひざに乗せて唄って
くれたものだ。支那人だが良く日本語を知っていた。

中学校に入る頃は、「酒は涙かため息か」「陰を慕いて」などを
兄からギターの手ほどきで覚えたものだった。
「男の純情」「ああそれなのに」「内の女房には髭がある」「旅の
夜風」「人生の並木道」「青い背広で」「もしも月給が上がったら」
「別れのブルース」「支那の夜」「何日再来」「名月赤城山」など
我が家が「レコード店」であったので何時も客が視聴していた。

陶器のコップの底に当時の流行歌者の顔写真が入ったものが
あった。「藤山一郎」「菊池章子」「双葉あき子」「みち奴」「渡辺
はま子」「霧島昇」などの顔があった。
「雨のブルース」「「別れのブルース」「誰か故郷を想わざる」や
「一杯のコーヒーから」「旅姿三人男」「湖畔の宿」「蘇州夜曲」
「煌めく星座」「暁に祈る」「湯島の白梅」「隅田川」「大利根月夜」
「新雪」「明日はお立ちか」
昭和18年頃から(中学四年生)頃からは、「若鷲の歌」「ラバウル
海軍航空隊」「同期の桜」「ラバウル小唄」「「加藤隼戦闘隊」と
銭辞職の濃いウアtになって行った。

その中に「湖畔の乙女」「湖畔の宿」「「東京の花売り娘」などの
優しい歌もあったようだ。
歌手も「藤山一郎」を始として「淡谷のり子」「「霧島昇」「菊池章子」
「渡辺はま子」「デイック・ミネ」「双葉あき子」「みち奴」「東海林太郎

「歌は世につれ、世は歌につれ」と誰か司会者が言っていたが、歌
は生活の状態を思い出すものでもある。懐かしさが胸に来る。
そして周りにいた関係のある人々を懐かしむ。







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