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宮崎家の一周忌出席

7月18日(土)午前11:00より予てから通知があった
宮崎家の菩提寺「金剛院」の一周忌法要に参席した。

朝むつ子が8;00出勤で、大泉学園駅まで西部バスで
行き、西武線の普通電車の待ち時間が思ったより時間
がかかったので予定より10分ほど遅れて椎名町着いた

お寺の門のところまでせつ子が心配して待っていてくれ
た。少し遅れたので心配してくれたのだろう?

参席者は肇君、せつ子、麻衣子、貴一、妹夫婦、本家の
長男、次男、従兄弟の大久保長男、の10名であった。

読経は一時間足らずで、終り、お墓に花と線香をあげて
近くの居酒家「瑞ほ」で食事、故人を偲んで、話が盛り
上がった。


良い食材を使った料理なので、食べ過ぎた傾向ではあ
ったが、それほど胃に凭れず、午後三時半に西武線と
西部バスで帰宅、家の前のスーパーで仏前用の「花」
を買い、夕食は抜きにして休むことに「した。

考えて見れば、路江が4月21日、あの世に逝ってから
数ヶ月で宮崎一一さんが8月12日に亡くなった。

その前、平成20年11月5日路江の弟「浩二」が長年の
患いの後息を引き取ったとき、路江は弟の死亡の知らせ
聞いて非常に落胆していたことを忘れない。
続いて兄嫁の「啓子」さんが風呂桶の中で眠ったままで
事故死してしまった。このとき路江はもう自分の番だと、
がっかりした声で嘆いていたことを思い出す。

それから5ヶ月の後、路江は階段の掃除中にそのまま
最終下段のところで「脳出血」のため倒れて、2ヶ月の
入院の後、弟、兄嫁の後を追うようにあの世に旅発って
逝った

それから宮崎のおじいちゃんが続いたのだった。路江
はこのことを知らない。
他に同級生だった大阪の首藤君も8月に死んでしまった

そこへ、2,3日前の新聞に「日本人の平均寿命は女86
才、男79歳」と発表された。
路江は平均寿命より8才若かったのだ、私は平均寿命を
もう2,5歳超えている。

今朝は宮崎肇君が来宅、会話中に頭の中が気が遠くなる
ようになって気を失うところであったが血の気が引くように
待ち直した。一時はこのまま路江の後を追うのかと一瞬、
思ったほどだった。
最近下腹が張って困る、体調も食べすぎだと悪くなってくる
食事には気をつけねばならないと思っている。

食事制限、軽い運動の継続、することが一杯ある。
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