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先輩の海外保養

郵便受けに外国からの「AIR MAIL」が入っていた
差出人を見ると、深く尊敬している8年上の先輩
からだった。そう言えば、2ヶ月位前ごろから娘
さんの旦那がフイリッピンでアクアラング遊泳の
日本人観光客のための民宿を経営されていると
聞いていて、先年奥様を亡くなされて、娘さんと
同じ家の上下に住んでいたのだが、娘さんが、
定年前に仕事を退職されてその民宿を経営されて
いる旦那様の民宿にフイリッピンはセブ島に三ヶ月
ほど、保養がてらに来ないかと言われてやっとその
気になられたらしい。筆まめな方で、手紙にはフイリ
ッピンに来た経緯を詳しく書かれていた。

もう何度もそのフイリッピンはセブ島に行かれている
ので手紙にもその航路などわかりやすく書かれて
いた。

成田からセブ島まで4時間半、マクーターン国際空港
に着き、不動産屋が貸家に案内、300平方メートルの
鉄筋の家を紹介されて、家賃は5万ペソ(日本円では
10万円)管理費500ペソ、2か月分の敷金、3か月分
の前家賃、だったそうだ。

現在は鳥インフルエンザで観光客が極端に少ないそう
だ。この辺の葬式に出会い、火葬、土葬ではなく遺体を
コンクリート製の棺桶に入れ、モルタルで塗り込めてか
ら地中に埋めるのが慣わしだそうである。所変われば
品変わるのたとえ通りの風だそうだ。

サンタンダーの海を眺めながらのんびりしていると、垢
が抜けそうだと書いてあった。

フイリッピンといえば、昭和18年、学徒出陣で陸軍に
入った兄が、静岡は磐田の連隊で訓練の後、輸送船
で門司港を出船、マニラ湾でアメリカの魚雷で沈没して
海底の藻屑となって64年になる。
沈没船の慰霊祭を厚生省で昔は良くやっていたが最近
はどうしているのかなあ。両親もとうとう兄のことを諦めて
何も言わなくなってそのままになってしまったが、この辺
で兄のため供養にマニラ湾に行って見たいと思っている

その脚で、先輩の保養先を尋ねてみたいとも考えている。

学徒出陣の頃


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