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定州の日本人小学校同窓の韓国人女性

昨年(平成20年)10月、東京九段会館で新義州の中学
校、高等女学校合同の同窓会があった。両校とも40名
足らずのの他、緑小会の10名を加えて約90名余りの、
あまり盛大でもなかった同窓会であったが、韓国から中学
女学校から夫々一名の参加者があった。
特に女学校の韓国女性は自己紹介で、私は定州の加納
ヶ丘小学校から新義州女学校に進学しました。私の父親
は定州の税務署の署長でした。と、我が耳を疑うような発
言であった。

早速彼女の席に伺い、経緯を聞いてみたところ、二年下級
の間違いなく加納が丘小学校卒業生である。このクラスの
女の子の名前は殆ど知っていて教師の名前も間違いない

同窓会と言うものは大勢の人の会合であるから、一人一人
多くは話が出来ない。彼女は名簿のほかに住所と電話番号
を書いてくれた。

それから一年、今年の「ありなれ会」に出席した際、女学校
「あかしや会」会長の橋本さんが隣の席に座られた際、彼女
のことを良く聞いた。橋本先生は今年6月に女学校の同窓会
があり「三原さん」が又韓国から来るので逢えますよと言って
くれた。
定州や新義州の写真を用意できるので次に会うときには
いろんな経緯を聞いてみたいと思い、ソウルに手紙をだすこ
とにした。10日ほど経って彼女から手紙や電話がきたのだ。

ある日、朝7時半ころ「私は誰だか知っていますか」これは
韓国人特有の電話の切り出しである。彼女は三原さんで
或ることに直ぐ気が付いた 「兪さんでしょう」「そうです朝早く
からすみません」
と言う経緯があって今日(6月4日)半蔵門のホテルで会う事
になり、門脇さんも行きたいと言うのでホテルで待ち合わせを
することになったのだ。

彼女から聞いたことは、韓国人の父親は早稲田大学出身で
総督府の税務署関係の仕事に就いたのだそうだ。母親も日
女子大学出身で、彼女自身の主人は京都の薬学の大学出だ
そうである。子供は男二人、女二人の4人子持ちであるそうだ
現在7人の孫がいるそうである。

彼女の信条はあまりくよくよしないで、残る人生を楽しく生きて
行きたいと言っていた。

半蔵門のホテルには、小学校、女学校の同級生を初め10人
ほどの人が集まって来て、ミニ同窓会となった。

明日は「帝國ホテル」で新義州高女の最後の同窓会だそうだ
120名の参加者が地方から今日、上京してくると言う。

再会を約束して、午後8時にお別れして、門脇さんと大江戸線
で帰途に着いた。

ホテルで逢った人々は、彼女の同級生4人(安藤民子、藤山
伸子9さんが山口から、(土田義中20期、武藤良子、亀山4期
その息女などの方々であった)
明日は「帝國ホテル」で新義州高女の最終同窓会なので地方
から来た会員達は比較的に安価なこのホテルに宿泊の予約を
しているとのこと、
そういえば
もう十数年前のことになるが、韓国から戦後初めて同窓会に
やってきた姜訓植を迎えたときもこのホテルであった。
このホテルは警察関係の人々が良く利用することで、当時は
まだ古い建物であったが久しぶりに来て見たこのホテルは、
素晴らしい建築の又都内で宮城の半蔵門が見える最高の、
場所である。この前の時には丁度昭和天皇のお車が入るところ
であった。今は他の皇族の参内にこの文を使われるらしい。



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