スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

元新義州住民懇親会(新緑会)

毎年会合が行われる「新緑会」は今年も5月10日午前
11;00~「九段会館」に約40名ほどが集った。
最高年齢者は旧高等女学校あかしや会の会長橋本さん
である。年々高齢者の出席が減っていくのは残念だが、
止むを得ない。そして最近は若い会員が中心になって会
を運営するようになって来た。とは言っても75歳くらいが
一番若い老人クラブの様相に相成った。

1945年日本の敗戦と共に日本内地に引き揚げて来た
人たちが訪れることが難しい北朝鮮にあった「新義州」の
町を故郷に帰ったような郷愁親睦会である。
戦後10年ほど経った頃の昭和30年台後半に現在の会
員の親達が日本全国に散らばった元新義州在住住民で
あった人たちが結成した望郷の会である。今では先人達
の意思を継いで引き続き毎年集ることになっている。今年
で51回の総会である。

集った会員は全員その当時少年少女だった頃の時代で
小学校、中学、女学校時代を懐かしがって仲の良い友人
を誘って出席してくるのだ。

もう14年の過去になるがその3年前に中学校同窓会で、
新義州訪問旅行を「中外旅行社」の扱いで新義州市内を
一回りしたことがあって、更にこの「新緑会」で新義州訪
問旅行を企画し5泊6日の北朝鮮ツアーを行ったことがあ
るその際新義州市に鴨緑江鉄橋を中国のバスを借り切っ
て渡橋して税関で新義州の警備隊の者達に「よって強制
的にピョンヤン行きの列車に乗せられ目的である新義州
市内宿泊が反故にされたことがある。その時ツアーに参
加した長崎から来られた都玲子さん、富山から来られた
西田順子さん、ともう一人の方々とお会いすることが出来
懐かしくその時の思い出を話し合ったことが楽しかった。

「新緑会」の会長も若返って私よりも6歳も若い方が張り
切っておられた。望郷の思い出は尽きないものだが一時
間前に同級であった身延から参加された望月君と会場で
別れた。お互い高齢になったが出席できることはまだ元気
だと言うことで「寿」ぎである。

中学校同窓会は再来年を持って最下級の人達でさえ77
歳の喜寿を迎える。平成23年の暮の同窓会会誌を最後
に閉会する予定となった。
戦後64年、多くの方々が見えなくなったが、その新義州
を思い出せるように、静岡の富士霊園の中に「新義州の
記念碑」なるも物が完成し除幕式が4・16に40名ほど
あつまて祝ったそうである。

↓新義州市内の一番の中心地で突き当たりの建物は
統治時代からの平安北道道庁庁舎である。
撮影している人は「11期佐々木さん、前の二人は8期
有馬さんと古山高麗雄さん」1992年9月写す




道庁通り(突き当りが旧道庁庁舎)


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。