スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昔の朝鮮1

結局朝鮮に住んでいた期間は昭和3年から19年までだから
丸16年間となる。
用事の頃は殆ど無いが戦後母親から聞いた話では、子守に
来る朝鮮の幼い少女がよく赤ん坊の貴方をおんぶして、自分
の家に連れて行っていたけれど、帰ってきた時に必ずしらみ
が体中にいて困ったよ!と言っていた。朝鮮のヤンバンの家
は別にしても、軒並みが低く大抵の家の軒には首に荒縄で
括った赤犬が吊ってある光景を見たものである、猫の死骸も
あった。ある日何時も可愛がっていた旅館の飼い犬が低い軒
にぶら下がっていたのを見て泣いて家に帰ったことがある。

朝鮮では赤犬と言って食用狗肉が一般的であった。日本人
の家庭では食用にはしないが朝鮮料理や行くと甘肉は上等
料理だと聞いていた。これは中国でも同じ習慣がある。
日本人の家庭には馴染みが無いが、子供の寝小便を治すに
はこれが良く効くそうである。支那の国でも同じことを言ってる

代表的な朝鮮の料理はなんと言っても「キムチ」である。これも
結構種類が多い、オイキムチ、カクテキキムチ、ムルキムチな
ど数え切れない。朝鮮の秋(10月)は早い、オマニ(アジュマ)
達が数人で白菜、大根に独特の唐辛子、アミ、ニンニク、ねぎ
等を混ぜた物を挟み、朝鮮甕に塩も加えて混ぜ入れ、その甕
を地中に埋めて藁の蓋をして取り出せるようにして埋めて置く
10日もすると美味しい漬物のキムチが食べられる。一甕ある
と親子4,5人が一冬の間、ガチガチに凍った漬物を金槌で叩
き割って取り出すのだ。酒のつまみ、ご飯のおかずに向く


焼肉料理は朝鮮料理屋で食するが、回虫やさなだ虫が腸に
発生して大人の人が困っていた。
ビビンバは我が家では殆ど見たことがなかった。ちちじは市で
良くアジュマが焼く道具の上で焼いて売っていたのを買い食
いした事を覚えている。
朝鮮飴は縄を綯うようにして作るが、こねるとき手の平に唾を
つけるので見たら食べられない。朝鮮の餅は粘りが少なくア
ズキ餡が薄くて甘味が少ない。やはり美味しいのは支那料理
であった。

日本ではあの味は味わえない。今ではもっと美味な世界中の
料理が毎日食べられるのだから、昔の味を求めても感傷に過
ぎない。






スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。