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鴨緑江の河口燈台

鴨緑江鉄橋
鴨緑江は朝鮮(北朝鮮)と旧満州(支那国或いは清国)との境を流れる、
源流は白頭山から河口の龍岸浦町までの大河である(約800㎞)

古くは日清戦争(明治27,8年)から日露戦争(明治37、8年)は
日本の軍隊が派遣され勝利に終って、明治44年韓国を併合した。
日露戦争の際、軍隊を送りロシヤ軍と戦い、軍隊を輸送する為に鉄橋の
建設を計画されたと聞く。

日本海軍は当時、鉄橋の建設を計画することに従い、鴨緑江の水深を測計
測するために水路部の専門士官を送った。
鴨緑江の河口は潮の満ち引きの差が大きく、しかも常に靄がかかったよう
で船の往来に事故が絶えなかった。

海軍少佐「三浦深海」は河口の「龍岸浦」に燈台の建設を日本政府に任さ
れ全力を挙げ完成させた。当時の「龍岸浦」はロシヤ帝国と大韓国政府の
間で鴨緑江上流の伐採権を高宗から取り、龍岸浦の町はロシヤ人の基地で
あった。

燈台が完成した後は船舶の遭難が大きく減ったのだった。三浦少佐は生涯
この燈台の管理者として昭和7年この地で生涯を終えた。
燈台の名前は三浦海軍少佐の栄誉を讃え「三浦タワー」と名つけられた。

韓国仁川港から丹東港までの定期航路が何回かあるがこの灯台を見ながら
定期船は進んでいる。
もうこの経緯を知っている人は少ない。

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